2016年3月1日火曜日

議員の定数と報酬の妥当性、浦河はどう考える?

先週になりますが、2月27日(金)に議員研修会がありました。
前に報告した議員定数削減調査特別委員会で、「まずは浦河町議会として議会や議員の役割について学び、基本認識を共有しよう」ということで企画されたものです。

講師に北海道町村議会議長会参与(元事務局長)の勢籏了三先生をお招きし、「議員定数・議員報酬と議会改革の行方」という題でお話いただきました。
以下、私が大事だと思う点を中心に抜粋して補足しながらお伝えします。

全道の町村議会に詳しい勢籏先生

❏ そもそも議員とは、議会とは?


そもそもなのですが、地方議員とは何でしょう。
実は議員についての説明は、地方自治の基本法である「地方自治法」には書かれていないそうで。ちょっとびっくりですよね。

他の法律でも議会の議員は「選挙で選ばれる特別職地方公務員」ということくらいしか書かれていないんです。
つまり法律上、議員は議会に出る職業のことです。

では議会では何をするのかというと、こちらのほうは色々と書かれているのですが、主に「議決」をします。
議会で議決をする人たちが議員です。

では議決とは何でしょうか。
これを説明するためには首長の話をしなければなりません。

選挙で選んだ首長が持つ「執行権」は非常に強いもので、ある程度のことはどんどん決めて実施できてしまいます。

国会は議員の中から代表(首相)を選ぶ「議院内閣制」なので、どちらかと言えば議会みんなで議論しながら決めていくという性格が強いです。
しかし、地方自治体は議員も首長も住民が選ぶ「二元代表制」といって、強いリーダーシップを持つトップが行政を牽引するイメージです。大統領制もこちらです。
でもそれが行き過ぎると困りますね。

そこで、首長の考える計画で良いのかを議論して最終的に決める権利を住民はもっています。その権利がつまり「議決権」であり、住民の代表である議会(議員)に委ねられています。
これが行政のチェック機能と呼ばれる地方議会の役割ですね。
(かなりざっくりとした説明ですので、ご了承下さい。)

❏ 高まる議会改革の気運


ところが昨今、地方議会について様々な問題点が指摘されてきています。

  • 「口利きや選挙違反など不祥事が多い」
  • 「男女比や年齢など議会構成がいびつ」
  • 「監視の役割が機能してない」
  • 「閉鎖的で活動が不透明」

こうした点から議会とは何かがあらためて問われはじめ、住民自治の気運の高まりの中、いわゆる「議会改革」が叫ばれるようになりました。
栗山町を嚆矢とするその議会改革の中身とは、次のような内容でした。

<栗山町の議会改革の四本柱>

  1. 議会報告会の実施
  2. 議員同士の議論
  3. 町民の声の反映
  4. 首長の反問権

多様な意見がある町民の声を丁寧に聞き取りきちんと行政に届ける一方、首長に反問権も与えたことで自分たちも責任ある発言を心がけ、より中身のある議論を可能にしたということかと思います。

2に議員同士の議論とあります。
議員同士は議論をしないのかと疑問に思われるかもしれませんが、議会(委員会)は基本的には行政の提案に対してそれぞれの議員が質問したり、意見する場なのです。
これでは一方的な発言にとどまり、議論が深まる仕組みになっていないのです。
おときた駿都議会議員のこちらの記事がわかりやすいです。

- 議会が「議員同士で議論をする場に変わるべき」なのは、ずばり人口減少社会だからである?!


4の反問権というのは、議員の意見や提案に対して首長が逆に質問を切り返せる権限のことで、一般的な議会では許されていません。
それくらい首長の執行権は強いと考えられていますので、これを認めるということは自分たちも意見するからには相応の勉強をして望む覚悟があるという意思表明でもあるでしょう。

この全国的にも話題になった栗山町議会基本条例制定に至るまでの議会改革。
真似をする議会もかなり増えましたが、栗山以外では実際にはあまりうまくいっていないのが現実のようです。
議会としてきちんとそのあり方を議論せず、条例という形だけを採用しているのがその理由とのことです。

❏ 勢籏先生の考えと提案


以上ほんの一部しか紹介できませんでしたが、議会改革を考える上で必要な議会の法的根拠と今までの議論の経緯を詳しくお話いただきました。
その上で勢籏先生の考え方も随所に示されていました。

私なりに簡単にまとめると、「栗山町のような住民から信頼される議会を目指すべき。実現するためには、議員の時間も手間もかかるため定数も報酬も下げるべきではない」という考えでした。

また、時々みかける議会の役割として「政策立案」がありますが、あくまで本来の役割である「行政監視」が一番大事であると強調され、議会を変える具体的な手法としては「通年議会」をおすすめされていました。

これにより、通常は首長にある議会の招集権を議員にも与えて、事後報告である専決処分を減らすべきとのことでした。
専決処分が「急だったので議会にかける時間がなかった」と方便に使われることが多いようです。

❏ 通年議会のデメリット、会派制の意義


講話の後に質疑の時間もいただいたのですが、佐藤議員からこの通年議会のデメリットについて質問がありました。

答えとしては「あまりないと思うが、本会議を重要視しすぎると結果として常任委員会の役割が低下するかもしれない。また議員の私生活がかなり制約される可能性がある」とのことでした。
浦河町では、それなりに頻繁に委員会で個別事業について説明はされており、首長による強引な専決処分がそれほどあるとは思えず、通年議会の提案は私にはあまりピンときませんでした。

私からは会派制の意義についてお聞きしました。
「議会での個々議員の意思表明について町民から聞かれたときに「会派で決めたから」と逃げ道に利用される場合もあるのでは」との質問でしたが、「北海道内では浦河町以外に10町村ほどが会派制を採用しているが、必要性がある場合もあると思う。逆に議会の発信力が不足しているのではないか」とご指摘いただきました。
10町村くらいしか会派制がないならば、ますます必要性がよくわかりませんが...。

具体的には議会だよりの配布を議員が手分けして直接配る方法が提案されました。7,000世帯を18人で回るのが現実的かどうかわかりませんが、よい手立てかもしれませんね。

❏ 浦河町の議会はどうあるべきか


さて、この講演は講演として、浦河はどうしていけばよいでしょうか。
議員定数については前回も述べましたが、昨年の無投票の結果を受けてまずは議会として責任を負う意味で削減が必要だと思います。

その上で、議会や議員の役割を浦河町でしっかり位置づける必要があります。
報酬をあげて立候補者が現れた自治体はまだありません。
これはやはり議員の仕事が明文化されていないことにも要因があるのではないでしょうか。

「仕事がどうかわからないあれもこれもやらされそう。あれこれ言われて面倒くさそう。しかも言いたい意見も言えなさそう」と思ったら、普通の若い人はやらないのではないでしょうか。
そして実際にそう思われています。
成功したと言われる栗山町議会でさえ、若い人や女性がでてきているわけでは全然ありません。

市町村ごとに議会のあり方は違いますから、浦河モデルをこれから独自につくることもできるはずです。

よく「議員になったってことは骨を埋めるんだね」と死ぬまでの名誉職を前提にしたような言い方をされることもあるのですが、そういう考え方をすっかりやめてしまうこともできます。
そんな常識はただの思い込みで、法律のどこにも書いていないのです。

例えば、4年ごとに様々な町民がどんどん入れ替わっていく議会はどうでしょう。

そうすれば、行政がどう物事を考えて仕事を進めているかわかるひとが町民の中にたくさんいるまちになります。
いわゆる行政用語の「翻訳者」が増えたり、町政に関心をもったり理解する町民も増えるはずです。経験者が増えればどれくらいの報酬が妥当なのかも自分たちでわかってくるのではないでしょうか。

それぞれが普通の一町民感覚で議会でものを言い、わかりづらい説明があるときはわかりやすい説明をするよう行政に求めればよいのです。
納税者たる町民にわかりやすいように説明するのは、本来は彼らの仕事です。

そんな風に行政の仕事をもっと身近に感じてもらえれば、一生懸命やっている役場職員も働きやすくなるのにと思います。
これは一例ですが、みなさんはどういう議会がいいと思いますか?


2016年2月24日水曜日

透析患者の移送サービス等4件の調査、国民健康保険料はどうなる?

2月15日(月)に開かれた厚生文教常任委員会についてご報告です。

❏ 国民健康保険料の負担増へ


一件目は、国の税制改正にともなって必要になる浦河町の条例改正でした。

今年も、世帯あたりに課税される国保の限度額が上がります。
基礎課税額で2万円増、後期高齢者支援金額で2万円増、合計4万円増になります。

今回は課税限度額の改正ですので、浦河町内で実際に負担が増えるのは、10世帯程度の高額所得者になります。
また低所得者に対する軽減措置があるので、むしろ楽になる家庭も少し増えます。

とはいえいつの間にか少しずつ負担が増えたり、新たな制度が増えている国保。
よくわからないので、ここ20年分の推移をちょっと調べてみました。



1995年は52万円だったのに対して今年は89万円。
20年で倍に近いんですね。
「家計への押し付けではないか」と言いたくもなりますが、国全体の社会保障費はどうなっているのでしょうか。
同じ期間の推移を出してみました。


1995年は64兆円だったのに対して今年度は119兆円。2016年度は120兆円を超えるでしょう。
やはり20年で倍増です。

保険料の増額もやむなしでしょうか。
なお、10年後の2025年には145兆円になるとの推計もあり、このままだとその頃には国保の課税限度額は100万円を超えてきそうですね。

ついでに払うのがかなりつらい実感のある国民年金もみてみました。



いつの間にこんなに増えているのでしょうか。
今年は年間にすると20万円の負担です。
10年も経てば、月額2万円と言われても不思議ではありませんね。

それに引き換え、私の生まれた頃(1984年)は月額6,220円だったというから驚きです。
そのさらに10年前(1974年)は月額900円だったそうです。ちょっと信じられません。

- 国民年金保険料の変遷|日本年金機構


今後も引き続き税金だけでなく、保険料も増えてくでしょう。
国家財政もそうかもしれませんが、家計もパンク寸前という方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

こうしたことから従来の医療・介護・子育て・年金といった社会保障全体のあり方を国レベルで根本的に改めていく必要がある一方、もはや待っていられない現状もあります。
国や既存の制度に頼らずにやっていける環境や価値観を、自分たちそれぞれでつくりあげていかなければならないのではないかと思います。

❏ 荻伏診療所の指定管理者更新


話が少しそれてしまいました。
二件目は、この3月で期間が満了する荻伏診療所の指定管理者の更新でした。

現在の指定管理者(荻伏クリニック)は、特に問題もなく地域で高い評価を得ながら地域医療を担っていただいていることから、評価委員会の評価の上、非公募で継続更新とする方針です。

❏ 高齢者等の移送サービスの改正


三件目は、高齢者等の移送サービスの見直しでした。

ひとつは、現在一名の利用がある要介護者の一般通院に関して、介護保険制度の枠内で実施する方針です。

またさらに、人工透析の通院にかかる移送制度が変更されます。
現在は65歳以上、病院から4km以上離れた方を対象としていたのですが、この条件を廃止します。
また、新たに土曜の午後も移送サービスを実施することになります。

これにより今年は16名(実数)の利用を見込み、車両も2台体制になるとのことです。
予算としては、現在250万円が社会福祉協議会への委託料として計上されていますが、これが730万円ほどになり、利用料の徴収でも補っていただくとの説明でした。
利用料は課税世帯で300円/日、非課税世帯で150円/日、生活保護世帯は無料となります。

❏ 浦河町内の保育所環境


四件目として、荻野委員からフレンド幼稚園のチラシを題材に、町内の保育環境についての議案の提出がありました。

町部局の説明によると、フレンド幼稚園は昨年12月より北海道庁へ認定こども園の認可申請中であり、この4月から保育開始の予定。
幼稚園児の定員25名から保育として10名増、計35名体制になる見通し。
0歳から2歳までのいわゆる3号保育※ではなく、未就園児(2歳)の一時預かりと3~5歳対象の保育となります。

浦河町全体で子どもの数が減っている中、事業者によるある種の奪い合いのようなことも発生しているのではないかと懸念も指摘されました。
しかし、幼稚園や保育所をどうしていくかの5年、10年スパンでの計画は現在はなく、今後検討していくとのことでした。

※ 「3号保育」とは?

「子ども・子育て支援新制度」が2015年4月からスタートしています。
幼児のお子さんがどのような施設を利用できるのかが3つの認定区分にわけられるようになりました。
詳しくは上記の内閣府の説明ページよりも下記のサイトがわかりやすそうです。

- 「支給認定」ってなに? |ママの知りたいが集まるアンテナ[ママテナ]



厚生文教の分野は自分自身が一町民としてかかわる場面も、仕事でもかかわったことがほとんどないので正直わからないことばかりですが、こうして議案になるたびに少しずつ勉強です。


2016年2月20日土曜日

JR北海道は全路線が赤字、日高線復旧をどう考えるか?(2)

先日2月16日に夕張市で開催された「最果ての鉄路に未来はあるか -日高線の事例に学ぶ"夕張線"の存続問題-」勉強会に伺ってきました。

通称夕張線は、昨年10月に清水沢駅が無人化、今春から本数が約半分に減便と存続が危機的な状況を迎えています。
今回は、日高線について言及した投稿をご覧になった清水沢プロジェクト代表の佐藤真奈美さんから「話題提供として日高線の状況を話してほしい」と依頼されたのでした。

少人数で中身の濃い話し合いになりました

❏ 日高線の問題を分解して、整理する


私からは、日高線の情報や現在までの経緯を簡単にご説明し、JR北海道は新幹線や札幌近郊を含む全路線が赤字である事実を指摘し、「赤字だから廃止」とはならない点を強調しました。
鉄道には公共性があり、公的負担も必要です。
ここまでは前回の投稿までで調べたことです。

今回はさらに考えを進め、鉄道が公共財として機能する役割を「地域公共交通」と「観光・広域利用」のふたつにわけて、「JR日高線問題」を浦河の視点であらためて整理しました。
そして、特に後者の観光・広域利用の視点から必要性を考えてみました。

❏ 空港からの移動手段としての日高線


現在、北海道外から浦河へのアクセスは、新千歳空港を利用していらっしゃるのが一番便利です。

ところが、直接空港から浦河へ走るバスは一日1本だけであり、現実的な移動手段ではありません。
自分で運転しない限り、反対方向である札幌へ一度出てからバスで来ることになります。
乗り継ぎを考えると5時間くらいはみたほうがよいでしょう。

しかし、JRであれば2回の乗り継ぎが発生するものの一日5本程度が確保され、時間も4時間ほどみていただければ充分かと思います。
商用、観光どちらの側面からも必須な交通手段ではないでしょうか。

❏ これからの北海道に必要不可欠では


外国人観光客が急増する北海道ですが、道南や道央に集中する観光客の広域分散化を進め、その観光振興の目的のひとつとして地域交通の確保と言明しているのです。
バスの運転手不足もこれだけ深刻化している中で、北海道全域に渡る網羅的な鉄路を確保するどころか縮小とは理解に苦しみます。
言葉だけのポーズでしょうか。

また、浦河町は来年度の観光振興のための新組織発足を予定しており、積極的に観光行政を進める考えです。日高管内でもHIDAKAおもてなし部会の積極的な取り組みをはじめ、民間での動きも活発になってきています。
こうした現状にも関わらず復旧に対して二の足を踏んでいるJR北海道に対して、国や道も公的負担はもちろん積極的な指導をしていくべきでしょう。

❏ 「理由なく反対でもいいんだ」


ところが実を言うと、当日の私の語り口はそれほど強気なものではありませんでした。
どちらかと言えば、「廃止やむなし」「興味がない」との声が多く、関心をもっていただくこと自体が難しい問題です。
しかし、夕張でみなさんとお話させていただく中で勇気づけられたのでした。

「日高線は何回か乗ったけど素晴らしい景色。全駅で降りてみたいよね」
「29駅というのはすごい。これらの駅だけでも財産」

そんな感想をいただける路線をもっていることを、もっと誇りに思ってもよいのではないでしょうか。
他にも様々語られたのですが、結局のところ私としてはどのように説得力をもって必要性を訴えていけばよいのかという視点からみなさんの意見を捉えていました。
しかし、今回はまったく違う大切な視点をいただいたように思います。

「相手と同じ土俵で議論なんかしなくてもいいんだ。理由なく、乗らなくても反対でもいい」

そう言い切ってしまえることに凄みを感じました。
国が必要だからとひいたもの、それが夕張ではひとつの文化になっていました。

「赤字、黒字というたかが一民間企業の経営状況だけで議論できるものではないんだよね」
そう一蹴できる強さに素直に感動しました。

言葉にするとそれだけで、正直言ってうまく伝わるか自信がないのですが、これからの世代が過去から受け継ぐべきものとは何なのかあらためて考えさせられました。
そこには言葉にはなりづらい、しかし大切な何かがありました。

❏ 言葉になりづらい、大切な何か


そこで思い出したのが、少し前にネット上で話題になった白滝駅のことでした。
女子高生がひとり利用しているので存続させた美談として紹介されていました。
そこに知人のさのかずやさんが言及していました。

- 「ひとりの女子高生のために駅が存続する」という話は「美談」なんかじゃない


美談として紹介されたこの一件に対する違和感が語られているのですが、鉄道に限らず、田舎の何かを説明しようとするときに感じるもどかしさ、言語化しづらいものがあります。
ちなみに日高線ではひとりどころか数百人単位で困っています。

都市のひとにとっては田舎は代替可能なものです。
どこかの田舎がダメになったら別の田舎があります。
その田舎の食や自然、景色だって他の田舎で満足されてしまいます。
話題として消費したらそれでおしまいです。
残酷な現実ですが、衰退してもどうでもいいものなのです。

ではどうでもよくないと言えるのは誰かといえば、住人や出身者くらいで、少数者です。
その大切さを訴えるときに、なぜ大切なのかを相手の文脈で語ることは難しい。
何か相手に対してそこにしかない価値をつくりだしたり、提供したりできればよいのですが、そうではないときにどう訴えればいいのか。

ちょっと話はそれてしまったかもしれませんが、そんなとき「理由なく反対でいいんだ」と言える勇気は大事になってくるのではないかと思いました。
これは精神論やノスタルジーという言葉で片付けられない、人間の尊厳にかかわる問題ではないでしょうか。

知った顔で「しょうがない」と諦めるのは簡単ですが、田舎であればあるほど理由なく闘う強さが求められるのではないか。
そしてそれは田舎に限らず今の言葉の使われ方の中でもっとも不足しているものではないか。そんなことを思いました。

❏ 当日の詳細はこちら


もう少し当日の内容について書くつもりだったのですが、ちょっと違う内容になってしまいました。
最後になりますが、当日会場で語られた内容は清水沢プロジェクトのウェブサイトで詳しく報告されていますので、よろしければご覧ください。


また、私の発表内容はこちらのスライドをご覧ください。